貯金しよう

合併症になったらお金がかかるから貯金しよう!

という意味ではありませんよ、もちろん。

 

お金の貯金も大切ですが、私がオススメするのは体の貯金です。

 

糖尿病は発症してすぐに命がどうこうなるという病気ではありません。1型は大体急激に発症するし、2型も数か月~数年と時間をかけて発症しますがわかった時点で命の危機はありません。

 

ですが、血糖コントロールが乱れたままにしているとやはり少しずつ全身に影響が出てくる病気です。

 

だからこそ「チリツモ」貯金が大切だと思うのです。

 

塵も積もれば山となる。これです。

 

貯金箱にお財布の小銭をちょっとずつ入れていたら意外と貯まったっていう話は聞いた事ありますよね?

もしくは頑張って500円玉貯金をしたら結構大きい額のお金が貯まった。これもそうですね。

 

これと同じだと思うんです。

手術をしてコロッと治る病気ではないのでこの「チリツモ」が効くんです。

 

だけど、毎日毎日お財布の小銭を全部出すとか500円玉を貯金するのは大変です。だから本当に「チリ」程度でいいんです。

 

今日はご飯を腹八分にした、忘れずに薬を飲んだ、血糖を測定した、ラジオ体操をした、エスカレーターではなく階段を使った、よく噛んで食べた、睡眠をしっかり取った、野菜をたくさん食べた、ノートに血糖値を記入した・・・・

 

本当に小さな事でいいんです。あなたがそう思うならなんでも貯金です。

 

それが、本当にちょっとずつちょっとずつ貯金されていきます。その分、あなたの体が豊かになっていきます。

むしろちょっとずつの方が続けやすくて良いです。

 

私は以前、あれもこれも一気にやろうとしてすぐ挫折した事があります。きっちり血糖を測って注射を打って、ご飯は毎回グラムを測って、間食は一切やめて食後は運動・・・続くわけないですよね。

続かないと自分が何だか弱い人間に見えてしまいます。意思が弱いとか根性がないとか自己嫌悪になってしまいます。

無理して一度にたくさんの貯金をすると、その後全く貯金ができない。お金を貯金する時と同じです。

一気にできる人はいいと思うのですが、私には無理でした。それに多くの人を見てきましたが、そういう完璧な状態をずっと続けられる人はそうそういません。

 

だからこそ「チリツモ」貯金。

小さな事でもあなたの体にプラスになる事は全て貯金されます。

悪い事は逆に借金になるのでは?なんて気にしないで下さい。それを考えた所でしてしまった借金は帳消しになる訳ではありません。

今後減らせる借金があるのなら、つまり改善できそうな事があるのなら取り組んで下さい。その取り組んだ気持ちも行動も全部貯金になります。

 

でも、できるだけ貯金に目を向けて下さい。そっちに焦点を当てた方が気分も良いはずです。

どんなに小さな額でも貯金は貯金。

 

何かしたら心の中で「チャリーン」とつぶやいて貯金した気持ちになって下さい。

 

小さなチリから。

私は今日トイレで用を足した後に、その場でスクワットを10回しました。「チャリーン♪」です(笑)

 

あなたも今日から「チャリーン♪」してみませんか?

動け、動け、動いてよぉ!

このタイトルは、アニメ「新世紀エヴァンゲリヲン」で主人公の碇シンジ君が自分の乗るマシン、エヴァンゲリヲンが動かなくなった時に叫んだセリフです。

 

ちなみにこのセリフには続きがあります。

「動け、動け、動け、・・動け、動け、動け、動け!動け!動けっ!動けっ!動けっ!動いてよぉっ!」

「今動かなきゃ、今やらなきゃ、皆死んじゃうんだ!・・もうそんなの嫌なんだよ!!だから・・動いてよおおっっ!!!」

彼の渾身の思いが通じ、エヴァンゲリヲン初号機は再起動し始めます。

 

  

いやぁ、熱いセリフですね。私はアニメオタクではないのですがエヴァは好きです。

 

そして私は今、このシンジ君のような心境です。

私が動かなくても誰も死んだりはしませんが(笑)

 

ちょっと変えてみるとこんな感じでしょうか。

 

「動け、動け、動いてよおっ!今動かなきゃ、今やらなきゃまた同じなんだ!もうそんなの嫌なんだよ!だから動いてよおっ!!!」

 

100%自分に向けて言っています。

今、現在進行形で止まり癖があるからです。

それは、何かを先伸ばしにしてしまうクセとか、時間があるとスマホ片手にゴロンとすぐ昼寝してしまう習慣とか、何かと自分の都合のいいように言い訳してしまう性格とか、ご褒美と称してのオヤツの回数がやたら多いとか、も含まれます。

 

 

頭の中では「あれしよう、これしよう」と理想ばかりが渦巻いて、素敵な自分を思い描いては妄想。いつしか妄想族を通り越して妄想クイーンになっています。

 

だから今だらけている自分に向けての喝という意味の記事です。

 

フレッシュな具体例で言うと、今朝雪かきを頑張ったもののその後スマホを眺めながら昼寝してしまった自分に。

 

お昼ご飯の後、ついおせんべいを食べてしまった自分に。

  

動け!です(笑)

  

 

あと、シンジ君のセリフでこんなのもあります。

「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ・・、逃げちゃダメだ・・・!  

・・・やります。僕が乗ります!」

 

心に突き刺さります。

「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ!やります。私がやります!」

 

なんのこっちゃと言われればそれまでですが、何でもいいんです。

あなたも逃げてる事ありませんか?

 

そもそも私の場合、おやつを食べてしまうのは惰性がほとんど。

本当にお腹がすいている時はご飯が欲しくなります。だからおやつをダラダラと食べる時って暇なのか、やるべき事から逃避している時です。

 

実際、私は集中している時とか夢中になっている時は、全く食欲がなくなります。

夕方から絵を描いていて全然ご飯を食べないでいつの間にか朝だった事もあります。さすがにそんな時は体がカラカラで干し柿みたいになってましたが。

 

 

だからこのシンジ君の言葉がストレートに響きます。

本当は何か理由をつけて逃げているだけ、後回しにしているだけ、正当化しているだけ・・。

 

私の例だとわかりにくいかもしれないので・・巷によくある話としては、

テスト勉強しようとすると無性に部屋の掃除がしたくなる。

 

いつか片付けようと思っているクローゼットの着ていない洋服たちがそのまま。

 

読もうと思って買ったのに放置してある本が何冊もある。

とか、ちょっとギクッとしません?(笑)

  

糖尿病で言うと、

食後運動しようと思ってたのに、実際食べた後はダルくなってやらなかった。

 

おやつを食べるためのインスリン追加打ちを後回しにして結局忘れた。

 

眼科健診を先延ばしにしている真っ最中だ。

 

ちなみに私ちゃんかあは全て経験済みです(笑)

 

 

そんなアナタもシンジ君と一緒に叫びましょう。

「動け!」

「逃げちゃダメだ!」

 

 

さ、私もサボらずにYouTubeのネタを考える事にします。

 

ではでは、また~。 

運悪く糖尿病に・・

今や糖尿病は国民病とも言われて、糖尿病患者は予備群を含めると1000万人とも言われています。

そんな糖尿病になってしまったあなたも、私‘‘ちゃんかあ”も不運ですよね。

 

 

嘘。

 

全然不運なんかじゃない。むしろ逆です。

 

こんな事言うと「バカじゃないの?」って思われるかもしれませんが、私が糖尿病になったのには何か意味があるのかなと最近思っています。

最近では、

私は無宗教ですが、神様が私を成長させるためにくれたアイテムなのかとすら思っちゃってます(笑)

 

 

確かに糖尿病になると食事から運動・薬と生活全部を変える必要があるかもしれない。

周囲からの同情や偏見がつらいかもしれない。

 

でも、もしもこれが100年前だったらって考えてみて下さい。

1型の私はとっくのとうに死んでるだろうし、娘も存在していない。

2型の方も少しずつ病状が進んで大した治療も方法もわからないまま悪化していくかもしれない。

 

そう考えたらまずは生きてるだけでめっちゃ幸運だと思いませんか?

それに今の時代に生まれてさらに幸運ですよ。

  

今は色んな治療法や情報があって糖尿病界も進化しています。

情報を取ろうと思えばスマホをポチポチしたら出てくるし、欲しい物だって家に届けてくれる。

 

私の1型糖尿病の必須アイテム、血糖測定器やインスリン注射だってすごくすごく進化しています。

私が発症した頃は血糖測定に1分かかっていたし、指をバッチンする針もインスリンの針ももっと長くて太くて痛かった。

今では数秒で血糖も測定できるし、最近はリブレっていうものも登場してさらに便利になっています。

余談ですがこのリブレ、マラソン走る時にものすっごく助かりましたよ。

 

インスリンだって種類が豊富になって生活スタイルを選べるようになったし、針の痛みはちょっとだし、ポンプという最強の奴までいる。

しかも糖尿病患者さんは多いから薬品メーカーさんもよりいい物を作ろうと日々頑張ってくれている。研究費や開発費も相当かけているはず・・。私達がいる糖尿病界は恵まれた環境に置かれているのです。

 

そう考えたら有難いしかありません。

 

 

ただ、人間というのは慣れてしまうもので私もそうですが、段々当たり前になってしまうんですよね。

便利なのが当たり前でさらに「もっともっと」を求めてしまう。

 

だから時々「有難さ」を改めて考える様にしています。

 

それは糖尿病に限らなくても、今日のご飯だったりお茶碗を洗うのにすぐお湯が出る事だったりもそうです。

単純にすごいよなぁ~って。

 

震災に遭って不便な状況になったら、よく普段の生活の有難みがわかると言います。

私も2018年の北海道地震でブラックアウトになった時、電気がある事ってすごい事なんだなって実感しました。

でも、しばらくすると忘れてしまう。

 

だから自分で思い出すようにしています。これまた幸運なことに糖尿病があると毎日医療が必要ですから思い出しやすいですよ。

自分の体に関してもすごく敏感になった気がしますし。

そうしていると、色んな事に感謝できて人生をシンプルに幸せと感じられる気がします。

  

 

それでも、糖尿病になってなかったらって考えるアナタへ。

糖尿病になっていなかったら、体の事は気にせず人生を謳歌できたかも?

いやいや、無理して命にかかわるような病気になっていたかもしれないじゃないですか。

 

糖尿病になったから何もできない?

何かできない事を糖尿病のせいにしてるなら、例え糖尿病がなくたって何もできないと思います。

 

 

実際、糖尿病になった事に意味なんてないのかもしれない。

勝手に意味づけをしてこじつけているだけなのかもしれない。

 

でも、どうであれ私は「運良くこの時代に糖尿病になって助かった」そう思った方が素敵だなと思うのです。

運が悪いとグチを言ったって、周囲に同情を求めてアピールしたって血糖値が下がるわけではありません。

 

あなたの体はあなたのもの。

誰のものでもない、あなたの人生です。

毎日何を食べるのか、どんな生活を送るのか、運動するのかしないのか、自由です。自由の中からあなたが選択しているのです。

泣いてても笑ってても1度きりの人生です。

せっかくなら笑っていたい、そう思うのはどうでしょう。

 

 

ぶっちゃけ、

 

なっちゃったものは仕方がないじゃないですか!(笑)

 

せっかくなら今ここに生きてる事を喜んで、糖尿病も一緒にお伴してもらいましょう。

 

・・・私自身とても意思が弱いので、こうやって書く事で自分に言い聞かせてる節があるのは目をつぶっておいて下さい。

 

さて、私の人生これからどんな楽しい事しようかな♪

ではではまた~。

消毒いらなくない?

こんな事言うと看護師なのにと言われてしまいそうですが、私は血糖測定・インスリン注射ともに消毒していません。

  

 

糖尿病を指導する医師や看護師さん糖尿病療養指導士さんなど医療関係者からも批判が沢山きそうですが、

  

消毒、していません。

 

 

いつから消毒しなくなったのかは正直覚えてないんですが、多分10年近くはしていないと思います。

 

だけど、何の皮膚トラブルも起こした事がありません。

これが結果だよな~と思っています。

 

きっかけはある先生の言葉でした。

「消毒なんていらないよ」

 

目から鱗が10枚位落ちました。

 

「えええ~!本当に?大丈夫なの?」

と最初は心配になりましたが、そこは影響されやすい私。

あっという間に消毒しない派に入りました。

 

 

だって、・・・ラクだから(笑)

 

  

インスリンを打つシチュエーションは様々です。

家で注射をする事もあれば、飲食店の中でする時もある。

特に外出先で注射を打つ時は面倒度がグッと上がります。

 

今でこそ席に座ったまま食事を目の前にしてから堂々と打つけれど、糖尿病を発症して10年以上はなかなかそれが出来ず人の影に隠れたりトイレで打ったりしてました。

 

トイレで打つのってちょっと大変ですよね。

インスリンのポーチを開けて、インスリンのフタを開けて消毒綿のフタを開けて針を付けて・・・その前に血糖測定もするならその面倒くささは倍です。

それをトイレという狭い空間でするなんて・・。

  

だって、トイレには便器しかない所がほとんど。トイレだから当たり前っちゃ当たり前なんだけど。

 

たまに棚があってもトイレットペーパーが置いてあったりして隙間がない。

そんな時私は便器に座って用を足しながらしています。それなら太ももの上に置けるから。しかも太ももはガラ空き、ここに打ってとアピールまでしています。

 

もしくは、便器のフタがある所ならそこにカバンを置いてそのスペースを使います。

便器にフタが無かったり、汚かったり、和式だったら悲しみの極みです(笑)

 

個室で手洗い場まである所なら落ち着いてできますが、そうじゃない場合は洗面所で打ってて誰が入ってくるかわからないですよね。だから洗面所で打つのは席で打つのとほぼ変わらないと考えます。

 

だから注射はなるべく手順を少なく、早く楽にできるかが勝負。

そういう事で今ではすっかり消毒をしなくなってしまいました。ゴミも減るし♪

  

 

結局は、なぜ消毒をするかという所に行き着くと思うんです。

消毒をするっていう事は皮膚を清潔な状態にするって事ですよね。だからある程度清潔であればいいという事。

 

例えばお裁縫をしてて針でチクンとしちゃった場合を考えてみて下さい。

消毒してない所に普通に刺さるし、刺しちゃってもし血が出てもペロっと血を舐めて終わりだったりしません?

それで針に刺された部分が化膿したとか聞いた事ありませんよね。ボールペンくらい太い針で裁縫してたなら別だけど、仮にそんな血糖測定器を作る会社はすぐに倒産します(笑)

 

それと同じだと思うんです。

 

もちろん血管にする注射や、病院で他者がする注射の場合は必要だと思います。

だけど、自分しか使わない測定器と針の血糖測定、さらに皮下注射のインスリンでは私は消毒は必要ないと思います。

 

手が汚れていたり打つ場所が汚れている場合はちゃんと洗ってからにしてほしいですが、普通に生活してる分には消毒綿を開けての作業は面倒だから飛ばしてOK!

  

アメリカではすでに消毒は必要ないっていう見解もあるみたいですよ。

 

別にこれを皆に強制しようなんて思ってません。

私はこうしているというだけなんです。

だから消毒をした方が良いと思っている方は今まで通りして下さい。

 

だけど、もし消毒が面倒だな~とか外出先でこまごまと袋開けるの嫌だな~って思ってる人がいたら朗報じゃないですか?

 

そして、

消毒派の方ももし外出先で消毒綿を切らした!とか、災害などの非常時で消毒綿がない状態になっても慌てなくて済みます。

 「うわあぁ、消毒綿がない・・これじゃ測定も注射もできない・・どうしよう・・・ああああぁ・・」

ここまで世界の終わりみたいになる人もいるとは思いませんが、「そういや、ちゃんかあって人が前に消毒いらないって言ってたよなぁ~」って思い出して役立ててくれればいいなと思います。

 

大丈夫、そこまで消毒は徹底しなくても平気です。

 

 

でも・・

 

私が看護師として血糖測定やインスリン手技をしてた時は消毒するように指導してました。

 

・・なんでやねん!(笑)

  

病院の看板背負ってそういう事言ってたらボスに怒られちゃうからね!

てへっ(笑)

食べたい、下げたい、痩せたいの三重奏

糖尿病の治療といえば主に食事・運動・薬の3つが挙げられますが、それは①バランスの良い食事をし、②薬を正確に使用し、③体を適度に動かそう、こうなるワケですね。

  

ですが私の中では①食べたい、②血糖を楽に下げたい、③運動しなくても痩せたい、こんな気持ちがあり糖尿病の基本治療に真っ向から反発の姿勢充分です。

そりゃ本能のままに食べてインスリン打って動かなきゃ太っていくし、食べてインスリンも大して打たずに適当にしてれば逆に痩せてくし・・なんですが。

 

私はこの基本治療のスタイルが嫌いでした。

すごく健康的でもちろん体にも血糖にも良い事はわかるし、看護師としてもそれを指導してきたのですが、個人的にはどうも爽やかすぎる感じがして馴染まなかったです。

そんな教科書みたいな生活できないよって。

  

 

それは多分発症時から数年の事がトラウマのようになっている気がします。

私の1型糖尿病発症時はまだインスリンの種類が今ほどなく、薬に生活を合わせるスタイルの治療を指導されました。

今はインスリン注射を一日3~4回程度してますが、その頃は記憶が正しければ2回。朝打ったら昼の食事が遅れると低血糖になってしまう・・・という様な感じでした。

  

だから食事内容も病院食を参考にバランスを考えて食べて、おやつを食べる場合はそのカロリー分を主食と交換するという事をしていました。

  

入院中は食後に病院内をグルグル散歩していたので(させられていたので)、退院してからも嫌だけど夜に散歩したりしてました。

  

つまり生活を型にはめられていたのです。

それで、その生活からズレると血糖値が乱れて受診の時に指摘され指導される。そうしないと合併症になるという脅しのような怖いパンフレットを渡されたりしました。

  

「~しなければいけない」この意識が強かったです。

  

そんな生活でストレスが溜まる⇒こっそり食べちゃう⇒バレると家族・友人から責められる⇒段々と自暴自棄になっていく

こんな階段を上がっていました。ん?下がっていたと表現した方がいいのか?どっちでもいいですが(笑)

  

  

だから超速効型のインスリンが開発されて、今は生活のスタイルが格段に上がりました。

 

だけど、その頃の記憶のせいか今でもストレスが溜まると無性に食べたくなったり、食べた後に罪悪感があったりします。

 

看護師と言えどもそんなもんです(笑)

 

  

ただ、これってよ~く考えてみると、普通の人も同じなんですよね。

  

血糖値については違うけど、糖尿病じゃない人だって食べ過ぎて運動しなきゃ太るし健康的な生活してれば健康になっていくだろうし。

こんな風に考えられるようになったのは年のせいかもしれません(笑)

 

というのは、最近はアンチエイジングだのダイエットだの健康食品だの、いいものと聞けば飛びつく感じはそこら辺にいるおばちゃんと同じだからです。

  

鯖がいいと聞けば缶詰を買いココナツオイルがダイエットに良いと聞けば買い、ロングブレスが良いと聞けばフーフーやって、つい昨日もコラーゲンの粉末をネット注文したばかりです(笑)

 

今朝もリンゴ酢を水で薄めてせっせと飲む、健康に気を遣う中年の一人です。

  

  

だからもし同じようにトラウマに考えている人がいたら、ちょっと肩の力を抜いてみて欲しいです。これ、呪縛が解けるよう自分にも言い聞かせてる意味もあります(笑)

 

血糖値に注意するっていうオプションはあるけど、それ以外は普通の人と変わらない。

 

太ってたらダイエットした方がいいし、食事が多ければ減らせばいい。食後に運動するのも普通の人だってしてるダイエット法だし。食事を減らして低血糖になるようなら医師に相談して変えてもらうとか。

  

  

もうちょっと治療を柔軟に考えていいと思うんです。

私は時々プチ断食まがいの事もしたりしますよ。これまでの経験があるからこそではありますが、やろうと思って出来ない事はほとんどないんです。

  

  

ただ・・・今思うのは・・・、糖尿病発症時の私はめちゃめちゃ痩せていて「太りたい」と切実に願っていました。

 

結果、出産・子育てをしているうちにその願いがいつしか叶ってしまいました。本当にいつの間にか少しずつ・・。

  

・・・神様、もう十分です!(笑)

異変を感じた17歳の夏

ちゃんかあが1型糖尿病を発症したのは17歳の夏でした。

 

 

なんとなく体調が良くない、と気付いたのは夏休みが終わって少し経った頃。

だけど、特別どこかが痛いわけでもなく熱があるわけでもない。きっと夏バテなのかなぁと思っていました。

どのくらいの期間をかけて病状が進んでいたのかはわかりませんが、今思えば数週間かけて少しずつ自覚症状が現れていたと感じます。

一番感じていたのは喉が渇くという事。

だから水やジュースをよく飲むようになりました。そして体が少しだるい。

水モノばかりを摂っていたからさらに夏バテしてしまってだるいのだと思っていました。

 

だけどあまり気にせず学校もきっちり行っていました。

学校の友達から「また痩せてない?」「それ以上ダイエットしなくていいって」と言われていましたが、ダイエットしているつもりがないので聞き流していました。

確かこの辺りでもう5キロ近くは体重が落ちていたと思います。

 

家族が気付かなかったのかと思うかもしれませんが・・・これが全く気付かなかったんですよ。

その頃の状況を話すとちょっと複雑というか余談になってしまうのですが、まず母が家を出ていて別居状態でした。だから時々しか会っていなかったので、余計に私の異変には気付かなかったのだと思います。

一緒に住んでいた父、兄姉妹も、年齢的にも家族でわいわい談話するという事もなかったしそれぞれの生活を送っていたので、お互い関心がありませんでした。

だからどんどん自覚症状が進んでいても、入院するまで母以外の家族から心配や指摘をされる事はありませんでした。毎日会っていると変化に気付かないというわかりやすい例です。

私も同様で家族に関心がなかったし、自分自身にも無関心だったのだと思います。鈍いとも言えるでしょうか。

 

 

そんなこんなで夏休みが終わって数週間経ったあたりには症状が段々強くなっていました。

授業の合間に必ずトイレに行って水を飲む。それでも喉が渇くから当時はあまり皆持ち歩いたりしてなかったペットボトルに授業の度に水道から水を汲んでどこでも飲んでいました。

担任の先生が後で「そういえばペットボトル持ち歩いていたとは思っていた」と話していたので、やはり当時はペットボトルを持ち歩く事は珍しい事でしたね。

その時もまだ夏バテだと思っていました。

 

それから数日経った頃でしょうか。友達からは「病院行きなって!」と言われるまでに痩せている自分がいました。

日常生活にもかなり影響が出始め、夜中にもトイレに行くようになるので眠りが浅く体のだるさが抜けない。

だけどこの状態になってもとりあえずは動けていたので学校は毎日通っていました。

 

衝撃的な出来事は入院の前日に起こりました。

父とケンカした翌日の日曜、私は隣の市に住む母の所に行こうと数千円のお金を持って家を出ました。

 

1度しか行った事がないのに、

住所も知らないのに、

その当時は携帯電話も持ってなければラインやグーグルマップもなかったのに、です。

バカですよね(笑)

今考えてもバカだなと思うのですが、きっと家に居たくなかったからなんだと思います。何と短絡的で衝動的で青春的な思考でしょう(笑)

 

 

「丘の上の住宅街」それだけの記憶を頼りに電車に乗ってその街に行きました。9月ですが天気が良く暑い日でしたので、いつもよりさらに喉が渇きました。

長い1本道の国道をずっと歩きました。

ペットボトルの水を飲みながら歩き、途中のスーパーでトイレに行き飲み物を買う、そんな事を何度も繰り返しました。

どうでもいいですけど、あの長い一本道にゆらゆらと蜃気楼が見えて、どこまで行っても辿りつかないような感覚は未だに忘れられません。・・本当にどうでもいいですね。

 

で、数時間そんな徘徊を続け、母の家を一向に見つけられず途方に暮れた私は、結局公衆電話という文明の利器を使って色んな所に電話をかけて何とか母に連絡をこぎつける事ができました。

行き当たりばったりでも何とかなるものです。

いや、最初からやれよって話です(笑)

  

  

その夜の事です。

母の家で夕食に大好きなウナギ丼を食べました。しかし体調不良MAXの私はそのウナギ丼を半分しか食べられなかったのです。

そもそも私にとって食事を残すという事は今まで考えられない程あり得ない事でした。しかもしかも好物のウナギ様を・・!

今でも残したウナギの残像が記憶にしっかりとある程の衝撃でした。

 

 

体は猛烈にダルイ、食欲はなくなる、痩せる、夜中に何度も起きる、もう誰がどう見ても異常なのは明らかです。さすがに母も「病院に行かなきゃダメだ」と言いました。

それでも私は最後の最後まで「ひどい夏バテだな」と思っていました(どんだけ鈍いんだよ自分)。

  

  

翌日、

 

学校行く前に病院、のつもりでした。

 

が、

結局学校には行けず

  

  

即入院。

   

   

・・・でしょうね。

 

 

この後の話は「2ヵ月の入院」に続きます。

月1回の受診が苦痛な方へ

糖尿病の治療をしていると大体月1回、もしくは2ヵ月に1回の間隔で受診する方が多いと思います。

その受診は楽しみですか?特に何も思わないですか?それとも・・苦痛ですか?

 

私はどの気持ちも経験があります。

今までを考えてみるといつも憂鬱だなっていう感覚が多かった気がします。どうしてだったんだろう?混んでいて時間がかかるから?

もちろんそれもあるでしょう。

今は大きな病院も小さな病院も患者さんで溢れています。私の通院している所は、事前に受付していないと普通の検査・診察・薬局の流れは2~3時間コースが当たり前です。つら・・・(笑)

でもまさかそれだけですか?もしそうなら何か時間つぶしのできるアイテムを持参しましょう、としか言えません(笑)

これを読んでくれているって事はそうじゃないですよね。

 

それは、きっと「怖い」から。

 

怖いにも色々あるけど、例えば「HbA1c」の値を知るのが怖い。

それからもし高かった場合は医師や看護師から色々言われる。もしくは食事や生活について尋問される。

そしてこれはいけないと叱られる。すでに知っている事を改めて指導される。

私はそうされると自分を否定されたような気持ちになりました。決して医療者がそういう気持ちではなくても自分でそんな感じで受け止めていました。

 

頑張った月は堂々とノートを見せてドヤ顔だったけど、そうじゃない月は目線も下になり「はい・・はい・・そうですよね」「気をつけます」「来月は頑張ります・・」と受診を耐え忍んでいました。

実際、昔通院していた所では血糖ノートと検査結果を見て「このままじゃ合併症になっちゃうよ」と一言で胸をえぐり取られた事もあります。

1か月の自分をその一言で否定された時の気持ちは何とも悲しかった記憶があります。

 

そんな時は「私の気持ちなんかわからないくせに」「毎日血糖測定してご飯気にして注射打ってみろよ」なんて心の中で毒づいたりもしてました。

色々言われるのが嫌だからわざと血糖ノートを忘れた事もあります。

 

だから受診が終わった後の解放感ったら!

このまま帰りにケーキやお菓子でも買って帰ろうかな~ルンルン♪みたいな。

今日は頑張ったご褒美に沢山食べちゃおうかな~、次の受診まで1か月あるしそれまでに頑張れば大丈夫だよね~みたいな。

 

本当にこんな感じでした。だから私は受診が怖かったし憂鬱だったし嫌いでした。今が特別好きっていうわけではないですけど・・(笑)

もしあなたもそういう気持ちがあるならこの先もちょっと読んでみてほしいです。何か気分が変わるかもしれません。

 

 

私は看護師として糖尿病専門医がいるクリニックで働いていた事があります。

患者の時は自分の憂鬱という気持ちにしか意識がありませんでした。もちろんですよね患者なんですから。

でも、医療者側になってみて見えた事があります。

 

まず知ってほしいのは、医療者は何もあなたをイジメているわけでも嫌な気分にさせようとしているわけでもありません。

 

医療者と患者さんは、月に1回しか関わる事ができませんよね。色々聞くのは単純に1か月の間のあなたを知りたいのです。

数値が上がった下がったその原因を知りたい、そして原因が分かれば対処したい、数値が落ち着いてほしいなど、情報を知ってあなたの「力になりたい」のです。

 

糖尿病治療に関わる医療者は勉強会などで、「患者さんに成功体験をしてもらうアプローチ」ってのを教わる事があります。

血糖が安定する事で体調が良くなるのを実感してもらったり自信がつけてもらったり、また頑張ろうって気持ちになってもらうためです。

 

医療者はそれを愚直に実践しているだけなのですよ。

それが血糖値のノートを見ながらの診察や面談につながるのですが、どんなに数値が高くたって乱れていたってあなたは堂々としていて下さい。

 

数値が乱れる場合にもいくつか種類というか原因があります。

薬がうまく合ってなくて色々対処しているのに乱れている場合もあれば、わかっちゃいるけど食べ過ぎちゃって乱れてしまっている場合、それに他の病気になって乱れてしまっている場合など人それぞれです。

 

もし自分で色々やってるのに何が原因かわからないとか、何か対処法はないかと考えているならそれはもう医療者の知識と経験の出番です。

多いに彼らの本領を発揮してもらって彼らの頭脳を利用してしまいしょう。ありとあらゆる対処法を聞き出して教えてもらいましょう。

 

私が強く言いたいのは、わかっちゃいるけど・・の場合ですが・・

 

 

正直に言っちゃえ。

 

これに尽きます。

カッコつけても血糖は安定しません。

「どうしても食べてしまう」でも「今は糖尿病に向き合えない」「ストレスがあってつらい」「お酒を飲むとつい食べてしまう」でも何でもいいんです。

 

「わかっちゃいるけどできない」の場合は自分を隠したり繕ってしまいがちになります。でもそこを隠さないでほしいんです。

 

もうぶっちゃけ「数値が乱れているけど何をしたらいいかはわかっているから、今はそっとしておいてほしい」こんなんで良いと思うんです。

看護師をしていて実際そう言う患者さんはいませんでしたが、もしいたら私は喜んで放っておいたと思います。

だって、わかっているんだから。

わかっているのに「この日はどうして高かったんでしょう」なんて言ったって何も意味がありません。

だからきっと「何か力になれる事があれば言って下さいね」「大丈夫です、いつでも相談があれば聞きます」という言葉や姿勢で接したと思います。

 

 

実際私も自分の受診時に、そこまでズバッとは言えませんでした。

ただ、今通院している所には素敵な医療者が何人もいて、私がそういう気分の時は察して雑談だけで済ませてくれたり、その雑談の中からストレスになっているヒントを探り当ててくれたり、ただただ「うんうん」と話を聞いてくれたりというアプローチをしてくれたりしました。

そういう方にたくさん助けられて救われてきました。

 

だけど、そういうアプローチをしてくれる医療施設や医療者が全国にあるわけではありません。昔より格段に増えているとは思いますが、そうじゃない所もまだあるわけです。

それに医療者は立場上どうしても原因だとか現状の何かを探ろうとしてしまいます。

だから患者さんから気持ちを伝えるのも大事ですし医療者にとっても教えてもらえるのは有難い事なんです。

そこまで言ってもあなたを責めるような病院は見切りをつけてしまいましょう(笑)

きっと他にあなたに合う病院があるはずです。

月に1回、憂鬱な気分になりに行きますか?

それとも月に1回協力してもらえるという気分で行きますか?

 

ちょっとずつでも自分の気持ちを出せたら受診の意味が変わります。

自分を責める怖い存在のように思えてた医療者が、真逆の応援団のような存在に変わります。

 

もし良かったら、次の受診はそんな気持ちで行ってみてください。

 

あ、血糖ノートは忘れても暇つぶしのアイテムは忘れずに!(笑)

 

ではでは、また~。

血糖値にサンバ踊らされてない?

こんにちは、ちゃんかあです。

皆さん、血糖値下げたいなって思いますか?思いますよね。

私も下げたい一人です(*^^*)

でも、その血糖値に自分が振り回されたりしてません?

毎回の測定した血糖値に一喜一憂する。

血糖値が高めの時ノートに書くのが嫌・・。

血糖値が高いと罪悪感を感じてしまう。

こんな事を感じた事がある人は要注意!血糖値に踊らされているかもしれません。私もその血糖値にサンバのごとくガンガン踊らされていたからよくわかります。

朝起きた時の血糖が高ければがっかりし、低血糖で補食したらその反動で血糖が上がりがっかりし・・・。

でもちょっと待って!その血糖値を測定するのは誰のため?

家族?医師?看護師?世間?

違いますよね。

あなたの為ですよね。

なのに自分の為の血糖測定でいちいち落ち込んだりがっかりするのはすごくもったいないと思うのです。

確かに高い血糖値を見ると一時的にテンションが下がってしまうかもしれません。

血糖値を書いたノートを医師や看護師に見せるのに気が引けるかもしれません。

でも本当はあなたがそんな風に思う必要はないんです。

だって糖尿病なんだから血糖値が上がりやすいのは当然です。それに今出た数値をなかった事にすることはできないし、事実なんです。

私は以前、血糖値が高い状態が続くと自分がダメな人間に見えて仕方がなかった時期がありました。どうして自分は他の人のようにコントロールできないのだろう。食べ過ぎてしまうのだろう、我慢できないのだろう、なんて弱い人間なんだ・・と、まあ自己嫌悪がすごかったです。

でも、外面は良くしたいもんだから色んな言い訳を考えたり、血糖が高そうな時はノートに書かなくていいようにわざと測定しなかった事もありました。

だからこそあなたには「血糖値が高い」=悪いと思わないで欲しいんです。

そんな無駄な時間を過ごしてほしくない。

血糖値はあくまで数字です。いわばただのデータです。ただの数字を見て落ち込むなんて無駄です。落ち込み損!もったいない!だって、血糖の測定なんて1日1回だとしても1年で365回、毎食前に測定してたら1年に1000回超えるわけですから。毎回喜んだり落ち込んだりとジェットコースター並みに気分が上下してちゃ、鉄のようなメンタルじゃないともたないですよ。

そもそも、いくら血糖が変化したってあなたがあなたである事は変わりないし、あなたという人間性を否定してるわけじゃない。

落ち込んで血糖値が下がるならいいけど、とりあえず下がらないですし(笑)

もし血糖が高いなら、あなたがその時できる最善の対処法を考える。

シンプルにこれでいいじゃないですか。

対処法はそれぞれ違うから方法論はここでは言わないけど・・。

血糖を測定している時点でどんな数値が出ようとあなたは糖尿の治療に向き合ってる、と私は思うのです。

もちろんこれは自分に向けてのメッセージでもあって、私だって今でも血糖を見て「あちゃ~」って思う事はあるし、落ち込む事があるから。まだ少しサンバとまではいかなくてもワルツ程度には踊らされてるのかも(笑)

血糖が上がる原因とか生活とか細かい事は色々あるけれど、それはまた別の機会に話すとして・・。

「血糖値はただの数字だ!」

今回はこれを覚えておいてもらえると嬉しいです。